商人舎

Web小説 五十嵐ゆう子「Thank You  ~命をありがとう~」

Web小説 五十嵐ゆう子「Thank You  ~命をありがとう~」

〈あとがき〉 読者の皆様へ

2010年11月18日(木曜日)
カテゴリー:
  • あとがき
  
10:41 AM

読者の皆様へ、

 長きに渡り私のストーリーにお付き合いくださいまして、本当にありがとう御座いました。

 自らの闘病記録をメインに、仕事の事、将来の目標等について文章に表すことのきっかけとなったのは、エピローグの章で出てきた“砂漠に咲き誇る花”を目にしたことからでした。

 実はその頃、私は色々な困難を抱えていました。そして死の淵から生還した体験さえ忘れて、生きる希望を失いそうな状態でした。

 仕事におけるスランプ、夫婦生活の問題(主人が職場の上司との人間関係で鬱状態となりました。)、馴れない土地での生活の難しさ等、色々考えると夜も眠れない状態でした。特に主人との関係は破綻の一歩手前でした。その余波は息子にも伝わっていたのではと思います。

 月に数度、ラスベガスからロスアンゼルスへと仕事の為に車を運転し、通っていた私にとって、灰色一色が延々と続く砂漠の景色は単調で、気持ちが沈むばかりでした。その少しも好きにはなれなかった砂漠の地に、ある日突然現れた黄色の花畑は、本当に息をのむほどの感動的な光景でした。

 文中にもあるように、雨が殆ど降ることの無い乾いた大地は石のように堅く、それを突き破って咲いていた花は、あまりにも可憐で、どこにそんな力があるのかと思いました。

 その時にある重要な事に気が付いたのです。花の幹は細いけれども真っ直ぐに太陽に向かって伸びていました。顎を上げて、上を見上げなければいつまでも地面の下のような暗闇からは抜け出せないのです。目に見える物質的な大きさに関係なく,意思の力はきっと堅い岩をも貫けるのだと理解しました。このことが、私に勇気を与え、心にかかった雲を一瞬にして晴らしてくれました。そして一時的でしたが、私が病気の悪化で歩く事すら困難になった時、ベッドの上でいつも考えていた事を思い出しました。

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 “人が立って歩けるというのは、なんと凄いことなんだろう。私が再び元気になり、自由に歩く事が出来たら、何処へでも行けるし、なんだって出来る。”
苦境の中においても、一歩でも、ニ歩でも、思うが侭に前へと踏み出せるニ本の足を私はもっていたのだと言う事を再確認したのです。

 このように私が体験した過去の経験を振りかえり、それを文章にすることで、さらに自らの身を引き締め、以前よりも更に前向きな気持ちを持つことも出来ました。そして不思議なのですが、この著書を書き始めた頃から、私の周りで様々な出会いが生まれ、自分の未来が少しずつ開けていったように思います。

 この物語を綴っていた数年間に二つの悲しい別れと、一つの奇跡の物語がありました。先ず二つの別れとは、20年来、家族ぐるみでつきあってきた友人の奥さんの死と、仕事を通じて東京とアメリカで長年共に働いてきた先輩の死でした。双方とも最後まで希望を失わずに、一縷の希望を信じて病と戦い続け、力尽きて天に召されて行きました。もっと、もっと生きて、やりたい事も沢山あったであろう彼らの無念を思うと、今生きている事に感謝し、悔いのない日々を過ごさなくてはいけないと教えられている気がします。

 その一方で、6歳の頃から世界でも数例しかない難病を患い,二度も死の淵をさまよいながらもその生命力で蘇り、今は学校に通えるほどになった知り合いの姪御さんがいます。

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 このように、光と影がいつも隣り合わせであるように、人の生死は我々が簡単にコントロールできるものではないのかもしれません。しかし、一つだけ確かな事があります。それは著書の中でも述べた、”今生きているだけで、100パーセントの可能性が与えられている”と言うことです。その可能性とは自分の心の状態を変える力です。人間の感情と言うものは、如何なる状態に置いても自由であり、自らの意思で幸福にも不幸にも自由に動かす事が可能なのです。

 毎年日本を訪れる度に、企業の戦士達が自らの命を絶つという悲しい話を耳にすることが少なくありません。特に近年の長引く世界経済の低迷は、米国のみならず、日本の経済にも深刻な打撃を与え続けている事と想像します。しかし、このような状態においても、きっとどこかに光の差す方向へと続く道が存在します。
例えば我々がジャンプをする前に、地の底に思いっきり足をつけて踏ん張ると、より高く飛ぶ事が出来るように、多くのケースにおいてピンチはチャンスです。視点を変えてみるだけで多くのプラス的な要素が隠れていることに気が付きます。

 明けない夜が無い様に、何があってもいずれ日は昇ります。それは私が約束します。

 最後に、商人舎ホームページで、私のストーリーを掲載する機会を与えていただいた代表の結城義晴先生、様々なサポートをしていただいた亀谷様、鈴木様に誌面をかりて深く感謝致します。

 この“Thank You 命をありがとう”のストーリーは一旦ここで完結いたしますが、私の夢への挑戦はこれらかも続きます。又、新しい展開がありましたら、皆様へ報告する機会を作りたいと思っております。

 私は心の目を通し、今でもあの日の砂漠に咲いていた花を見つめています。

五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウエルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター

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*****************************************************************************
一年近くの長きにわたり、五十嵐ゆう子先生のWeb小説をご愛読いただき、
誠にありがとうございました。

今年1月のプロローグから始まり、エピローグまで合計40回の連載の中で
五十嵐先生が数々の困難を乗り越えられてきた姿に感動された方は数多くいらっしゃると思います。
読者の皆さまから寄せられたコメント数の多さがそれを物語っています。

今後も五十嵐先生には米国の流通ニュースを届けて頂きます。
また、新ブログなども企画中です。ご期待ください!

最後に五十嵐先生、本当にありがとうございました。
[商人舎事務局]

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〈第39話〉 エピローグ― At The Mother Of The Earth (母なる大地にて)

2010年10月28日(木曜日)
カテゴリー:
  • エピローグ
  
11:25 AM

エピローグ― At The Mother Of The Earth (母なる大地にて)

砂漠に咲く花
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春の日。
長さ400キロの道のりを運転してロサンゼルスからラスベガスへと
走っていた砂漠の途中、名も無い黄色の花が辺り一面に咲き乱れていた。

“凄い!どうしてこんな雨も殆ど降らない砂漠に、あれらの花は咲いているのだろう”
そう思った途端、涙がポロポロとこぼれた。

堅く乾いた砂漠の大地を突き破り、
何百、何千、何億と咲く花は、どんな宝石よりも美しかった。
その奇跡のような光景をもっと近くで見たいと、
車を路肩に停めて咲く花々の傍らにしゃがみ込んだ。

水気のない地面を指で叩くと
“コツコツ”と堅い音がした。
しかし、私はその奥深くに蓄えられている、透明に輝く豊かな泉を想像していた。

かたわらに落ちていた小さな花びらを一つ摘まんで手の平に乗せそっと握り締めると、
気持ちが良いほど沢山の涙が頬を伝って流れた。
“こんなふうに泣いたのは何年振りだろう”

砂漠には暖かな季節が来た事を知らせるような風がそよいで、私の髪を撫でる。
それはまるで、優しい母の指先が触れているかのようだ。

“母はいつもこうして私に奇跡を見せては色々な事を教えてくれている。
だから、どんな時も私は夢を抱き、人生を諦めないで生きていける。
私はずっと母に愛されてきて、これからも愛されていく…”

「あ・り・が・と・う」 一言、一言に心を籠めて母に告げた。

長い時を経て、自分の内部で少しずつ外へ向かって流れていた川が、
ようやくその機会を与て地上へと溢れ出していくかのようだ。

     地面に零れ落ちる私の涙は
     土に浸み込み
     いつか、この場所に新しく咲く花の一部となる

  砂漠の大地に咲いてみたいと夢見たのは花なのか?
  それとも、乾いた自らの土の上に花を咲かせたいと夢見たのは大地なのか?
  ああ、でもそんなことはどちらでも良いのだ。
  この花は砂漠に咲くからこそ、こんなにも人の心を打つ
  それは、地球の生きとし生けるもの全てが起すことの出来る奇跡なのだ
  誰だって、何だって、一生懸命生きて、そして夢を見る
  いつかその夢を形にすることは可能なのだ
  Yes! Anything is possible
  自分を信じて生きていこう、そして夢を形にしていこう
  未来へと紡ぐ光の架け橋のように、
  数々の言葉が連なる金や銀の輝く糸になって私の中から溢れ出した。
  まだ何者でもなく、夢の途中を流れる一滴の水の粒ような私だけれど、
  先ず、自分の夢について語ることから始めてみようと思った。
  そしていつまでも時が経つのを忘れ、直ぐ傍らに母の温もりを感じながら・・・。

  私は砂漠に咲き誇る花を見つめている。

-完-

五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウエルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター

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〈第38話〉  いつか全てが、実現に向けて動き出す

2010年10月21日(木曜日)
カテゴリー:
  • 第13章 - Dreams will go on
  
11:07 AM

第13章 ―――― Dreams will go on (夢は続く)

いつか全てが、実現に向けて動き出す

 2010年夏。有機農業を日本全国に普及し定着させ、その延長線上で総合ウエルネスセンターを設立するというビジョンを持つ南埜氏から、日本における統合医療のパイオニアである埼玉県川越市の帯津三敬病院名誉院長、帯津良一医学博士との面会を、博士のブレーンである霜田氏という方を通してセッティングして頂いた。

 帯津博士は医療の東西融合という新機軸を基に、専門的な知識の元で西洋医学にも積極的に取り入れてガン患者などの治療に当たられている。川越の病院まで通えない患者の為に池袋メトロポリタンホテル内に設けられたクリニックにて、始めて博士と会った。博士は執筆活動や取材、講演や大学での講義なども行うなど非常に忙しい方なのでお話を聞けたのはほんの30分ほどであったが、70歳を超える高齢でありながら、真摯に、精力的に患者と向き合い、現役で活躍されている先生のお姿は素晴らしかった。当の私は非常に緊張してしまい、限られた時間内で自分の言いたいことの半分も話せなかったのが残念だった。

 帯津博士は養生塾という合宿形式のワークショップも開かれ、患者達のために食事療法、ヨガ体操や気功、ホメオパシー(極度に稀釈した成分を投与することによって体の自然治癒力を引き出すという、「毒をもって毒を制す」の考えから生まれた治療法)などを取り入れ、肉体や精神の症状を緩和させる治療も提供されている。患者のQUALITY OF LIFEを重視される博士の病院には日本全国から患者達がやってくる。しかし、たった一人で診れる患者の数には限りがあり、初診を受けるまでに3ヶ月待ちと言うのは常であるそうだ。霜田氏や南埜氏はその待機患者の不安や症状を緩和させるための総合ウエルネスセンターの設立を計画しているそうだ。

 次回、帯津博士と会うまでに、私の頭の中にある構想を具体的に書きだしておけば、もっと話しやすいのではと南埜氏から提案されて、次に綴ってみた。

  ①  統合医療、患者や家族の心のケア、そして患者達の情報ネットワークに関して柔軟で先進的な米国に
     視察団を送り、持続的に情報を交換できるような関係を築く。
  ②  各専門医や病院との連携のもと、早急な対処が必要な患者には、安心して入院できる体制を整える。
  ③  遠方からの患者が家族と一緒に滞在しながら、体と心の免疫を上げるためのヨガや気効の
     ワークショップクラス、宿便を取り除き腸内をキレイにするデトックス療法、温泉療法が行える設備、
     針、マッサージ、食事療法のサービスを提供できる場所を地域活性化が必要な郊外に開設し、
     一般にも開放する。
  ④  地元の有機農家との契約栽培により、施設で提供される主な食材の殆どをローカルから調達する。
     例えばここにローカルの食料品店が関わるのも良い。
  ⑤  患者が自宅に戻ってからも持続して行える、実践可能な食生活と調理法の指導を行なう。
  ⑥  統合医療を行っているドクターを、日本中そして世界中からゲストとして招き、勉強会を実施する。
  ⑦  患者やその家族たちが常に情報を交換するワークショップの開催と、病を克服した体験者達との
     座談会を設ける。
  ⑧  メディカルソーシャルワーカーや心理専門医が出向して行なう個人カウンセリング。
  ⑨  副作用による髪の喪失等の外見の変化に悩む女性患者たちに、自然化粧品、鬘や乳癌患者用の
     特別パッド付きブラジャーの低価格提供等。
  ⑩   医師免許を持たずに、営利目的で違法に行なわれる自由診療や代替栄養食品の販売の取締り強化。
     正しい情報を求める患者や家族のための相談センターの開設

 これらのビジョンを実現するには行政団体や企業から基金の調達が必須であり、その為には提供側に利益をもたらす事も構想に入れなければ実現化は難しいと考えられる。利益が生まれるシステムが構築できれば、患者達にとって最も深刻な、経済面による負担の軽減にも役立てるのではないかと私は思う。米国では多くのメーカーや小売業が様々な難病患者の為に基金を集める活動を行なっている。

 有名なのは各企業が乳癌患者の医療面や経済面支援の為に商品を開発し、その売上利益を役立つ事が商品をピンクカラーのデザインで誰もが理解する方法である。例えば今全米に広がっているiPhoneのプロテクションをピンク色にデザインされたものは、その利益が役立つという倫理的意識で顧客をひき付けるだけでなく、見た目もポップでカワイイので人気がある。

 そして忘れてはいけないのが、日本マクドナルドの創業者である藤田氏が財団法人ドナルド・マクドナルドハウス・チャリティーズジャパンを設立し、同財団が運営する形で、難病の子供の為の病院とその親が暮らせる施設の第一号を東京都世田谷区にオープンし、氏が没した後も新しい施設をオープンしている。生前はアグレッシブな意見を発し、“勝てば官軍”などの強気の発言で敵も多かった企業家で、晩年は業績不振の責任をとった形の寂しい退任をしたが、その死後も、藤田氏が難病患者達からは神様のようだと崇められ、顧客のマクドナルドに対する信頼の裏づけの一つにもなっている背景には、氏が若き頃米国で学んだ儲けを社会に還元するというスタイルがあったからだ。

 慈善事業への出資や活動は、企業が社会や顧客の心にアピールできる大きな広告戦略になると考えられる。アメリカでは米国農務省が認可した最大の自然食スーパーマーケットWHOLE FOODSという食品小売業が今年から創業当時の理念に戻り各店舗の扉の前に“貴方の健康はここから始まる”と掲げた。彼らは、安心で健康な食品を販売するだけではなく、精力的に顧客へその重要性を教育する事への投資が、長期に渡ってロイヤリティーカスタマーを維持する要だと語っている。定期的に行なわれる自然食や健康管理のワークショップや、率先して販売される難病患者をサポートする商品のラインナップに見られるような取り組みを、日本の小売業でも更に見習って実践して頂きたいと願っている。

 それから子を持つ母としてもう一つ付け足しておきたいことがある。日本には病で両親を失った子供たちに対するケアはあっても、親が患者として闘病生活と戦う最中に、未成年の子供たちへ対する心のケアやサポートが無い。子を持つ親が癌告知を受けた時、子供達にどう接すれば良いのかと悩み、苦しむ気持は私も体験を通して痛いほど理解できる。

 昨年、偶然にも日本で久しぶりに再会した友人が癌宣告を受けた。彼には高校生と中学生の子供が二人いるのだが、迷った末に何も言わなかったと聞かされた。幸い症状は初期であり、簡単な手術と薬で大事には至らなかったそうだ。

 しかし誰もが彼のようなケースでは無い。もし自分の親が、ある日突然急に重い病に陥り、姿が変貌して、あげくの果てに他界してしまったら?何も理解できないまま愛する親を失ってしまう子供達の心には深い傷が残らないだろうか?それとも最後まで何も知らない方が、子供にとって幸せなのか?特に幼い子らには、親の病を理解するのは難しい事だと思う。

 たった5歳で母を亡くした私も、母の記憶は殆ど無いのが現実である。けれども、小学生に上がってからの記憶は、多くの人が一生覚えているはずであるし、子供は大人が思う以上に利口である。息子が小学校2年生だった時、私も迷ったが、結果的に出した答えは真実を伝える事であった。現実を受け止めた我が子は、幼いながらも私を励まそうと頑張ってくれ、その事が私の勇気となった。

 欧米の病院では、ケースワーカーやメディカルソーシャルワーカーによる患者や家族に対する心のケアが充実し、もちろん患者の子供たちに対しても十分なサポートを提供している。先ず、そういうシステムからでも一日も早く日本でスタートすることを望んでいる。家族の協力以上に、子供の理解と励ましが、患者達の心を最も奮い立たせ病と絶ちむかう強力な武器となるのだということを、私は身をもって主張する。

 最後に、このストーリーを読んで頂いている読者の皆様へ私は繰り返し伝えたい。
 現代の日本で死因のトップは癌であり、三人に一人が癌を発病している。これは癌という病気が特別な病ではなくなったのだということを示している。我々はその事を理解し、癌にかからない身体を維持する事が大切であり、又、たとえ癌になっても、恐れることなく、あなた自身が手を伸ばせば、そこには健康を手に入れる機会(HEALTH OPPORTUNITY)が存在するのだと知ってほしい。私は自らの体験を語る事と、仕事を通じて築いていく人間関係の延長線上で、そのヘルスオポチュニティーの扉が何処にあるのかを照らす灯台のようになりたい。この心の中に芽生えた灯を消さない限り、いつか全てが、実現に向けて動き出すと信じている。私の大好きな、あのディズニー・メロディの一節のように…。

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   星に願いをかける時
   君が何処の誰であろうと
   そんな事は関係ない
   君の心が望む限り
   全ての夢は叶うのだ

五十嵐ゆう子
JAC ENTERPRISES, INC.
ヘルス&ウエルネス、食品流通ビジネス専門通訳コーディネーター

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五十嵐ゆう子プロフィール

食品小売業・ ウェルネス(健康食品)・ビューティ の通訳、コーディネーター、 翻訳・コピーライター。

CMP JAPAN社の美容専門誌"ダイエット&ビューティ”に米国の美容情報記事を2005年より毎月連載中。
2008年、2009年と2年連続で東京ビッグサイトで開催の "ダイエット&ビューティ”展示会にて講演。

カリフォルニア州&ネバダ州公認エステティシャン・ライセンスを所持。
美容展示会などで講演やデモンストレーションを行う。

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